十和田八幡平駅伝を語る-田中茂樹氏-

十和田湖から八幡平まで壮大な地を舞台に開催される十八(じゅっぱち)駅伝。
真夏の過酷なレースとして知られる十八駅伝の魅力について
全国マラソン連盟会長の田中茂樹氏が語ります。
※「広報かづの」平成19年7月号特集より


戦後の中で生まれ多くの選手を育てた駅伝
昭和23年、戦後の混乱の中、地元青年の志気高揚、観光PRを目的に「国立公園十和田湖八幡平観光コース駅伝競走大会」が始まりました。 大会は現在の2倍の距離、休屋から蒸の湯までの往復134.8キロメートルを2日間で駆け抜けました。現在は道路も整備され、全国で有数の観光地としてドライブを楽しむ車で賑わっていますが、当時は山道、砂利道で、十八駅伝名物の伴走車も、自転車で行っていました。第1回大会の要項の中には、「(選手は)一食二合の飯米持参のこと」との記載があり、選手も役員も非常に苦しい台所事情の中での開催であったことが伺えます。 十和田八幡平観光コース駅伝として都道府県、高校の対抗によって行われてきましたが、第5回大会(昭和27年)より「十和田八幡平駅伝競走全国大会」と現在の名称へと変わり、実業団や大学チームも参加する形に移りました。

多くの人の力が十八駅伝を成功へと導く
これまで十八駅伝には、山田敬蔵氏、御船芳郎氏、宇佐美彰朗氏、宗茂氏、宗猛氏、実井謙二郎氏、ステファン・マヤカ氏、鹿角出身の鎌田俊明氏、高橋健一氏や松宮隆行氏、松宮祐行氏といった有名なランナーが出場しています。高橋尚子選手を育てたことで有名な小出義雄監督が第1区を走ったこともあります。猛暑の中、見えない遠くから聞こえる「イッチニィ、イッチニィ」の掛け声は十八駅伝ならではです。 十八駅伝は、皆さんの暖かい声援と汗の輝きに支えられてきました。競技をまとめる鹿角陸上競技協会や、疲労困ぱいの選手たちを中継所で迎える婦人会、チームを温かくもてなす旅館、沿道に出て声援を送る多くの市民。今大会も選手だけではなく、たくさんの人たちによって成功へと導かれます。今年も皆さんの熱い声援をお願いします。 駅伝の中には必ずドラマがあって、感銘や感激、さらには失望も与えます。5人抜きしたすごい選手が出てきたり、疲労により立ち止まりながらも、一歩一歩歩き出したり。日本人はこうしたことを好んで、そして応援したくなるんです。 十八駅伝をつくった先輩たちは、鹿角の人と一緒になって、血のにじむような努力を重ねてきました。昔は皆が教育者であって、若い人に苦労をさせて良い人材を育てよう、そして、世界に挑める選手を育てようと、こうした駅伝大会を始めました。この手作りの十八駅伝を走ったランナーたちが、現在の実業団や大学の素晴らしい指導者になり、強い選手を育てています。このような伝統ある姿を残している十八駅伝が、私が関わっている大会の中でも、一番嬉しく感じています。役員の方や婦人会の方の一生懸命な姿、汗に心がこもっています。


田中茂樹氏(たなか・しげき)
全国マラソン連盟会長。十和田八幡平駅伝競走全国大会名誉会長を務める。元マラソン選手で、19歳のときに日本が初参加したボストンマラソンで初優勝を果たした。

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