親鸞聖人御絵伝 4幅 |
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市指定有形文化財(絵画) 指定日 昭和52年2月4日 所在地 花輪字寺の後16 所有者 専正寺 |
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浄土真宗開祖の生涯の事跡を描いた親鸞聖人御絵伝は、貞享5年(1688)に池田吉兵衛によって寄付されたもので、それぞれが縦150cm、横80cmの軸装4幅からなる専正寺の什宝である。
これらの絵伝は順をおって何段かに書き分けられてあり、絵によって聖人の事跡がわかるものである。
普段は山内山門脇の宝庫に納められているが、10月20日前後の報恩講(お七夜)の折に開帳される。
※ 絵伝……社寺や本尊の縁起、高僧の伝記などを連続した絵と詞書によって示すもので、宗教的な教化の手段として利用される。
川口月嶺筆「双鶴図」 1幅
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市指定有形文化財(絵画) 指定日 昭和52年2月4日 所在地 花輪字荒屋敷 所有者 個人 |
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川口月嶺(1812〜1871)は、文化9年、花輪仲町の麹屋に生まれた。小さい時から絵が好きで、動物を写生して遊ぶほどだったという。18歳の時、画業を志し、江戸で四条派鈴木南嶺に師事し、同門の柴田是真とその技量を競い、門下の双璧とうたわれたという。弘化3年から安政3年までの11年間、御用絵師として、盛岡藩に仕え、その写実的画風は幕末の藩内で一世を風靡した。
この絹本着色の「双鶴図」は、安政元年(1854)の作で、月嶺の鋭い観察眼から生まれた作品である。等身大の2羽の真鶴の姿を的確に捉え、温雅な筆で表現されている。花鳥画を得意とした月嶺の画題の中でも、鶴をテーマにしたものは数多いといわれるが、この作品はその中でも優品といえる。(縦142cm、横87cm)
| 川口月嶺筆「鶏と牡丹」1幅 |
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市指定有形文化財(絵画) 指定日 昭和52年2月4日 所在地 花輪字堰向 所有者 個人 |
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この絹本着色の「鶏と牡丹」は、満開の牡丹を背景に鶏の家族を描きあげた彩色の密画で、その鮮烈な色彩は見事なものである。それにもまして、雄鶏の力強い表現は、外に対する警戒心とともに、家族に対する限りない愛情を表している。聞き分けのないひよこの大胆な振る舞いに気を配りながら、自分の傍らに引きつけ、遠くにやらない雌鳥の気の配り方が、画面に表れている。
自然の風物や動植物を熱心に写生することに努めた月嶺の、そこから得た的確な線と調和のとれた構図によって、慈愛あふれる作品となっている。(縦140.5cm、横84cm)
柴田春光筆「十和田路」 1双 |
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市指定有形文化財(絵画) 指定日 平成5年4月1日 所在地 十和田毛馬内字毛馬内 所有者 個人 |
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柴田春光(1901〜1935)は、明治34年に毛馬内の製菓業の家に生まれた。幼い頃から絵の天分に恵まれ、初め佐藤紫雲に師事した後、川崎小虎の門下生となり、春光と号した。
大正12年(1923)に中央美術展で入選した、毛馬内の実家の向かいの家並を描いた「東北の或る町」をはじめ、郷里毛馬内の生活風俗を好んで描き、郷土の生活を限りない愛情を持って詩情豊かに表現した作品を次々と中央の美術展に発表した。
昭和8年(1933)の第14回帝国美術院美術展覧会(帝展)に入選したこの作品は、川合玉堂から「三本木あたりか夫れとも毛馬内か。東北の街道筋を偲ぶ地方色のよく表れた作品である。人物も自然に配合されて居てよい。」との賞賛を受けた。春光、生前最後の大作である。
(屏風張り、絹地。絵寸法 縦180cm、横200cm、屏風寸法 縦185cm、横205cm)