きりたんぽ発祥の里 鹿角たんぽ小町ちゃん●鹿角が「きりたんぽ発祥の地」を標榜(ひょうぼう)する訳
●「殿様」と「タンポ」
●「タンポ」の語源
●鹿角地方で「きりたんぽ」が料理として出回った時期
●「伝承きりたんぽ鍋」の提唱

 鹿角が「きりたんぽ発祥の地」を標榜(ひょうぼう)する訳

 鹿角市は「きりたんぽ発祥の地」と標榜していますが、それにはそれなりの理由があったのです。 昭和に入って、昭和9年10月25日、後に、全国にPRしたことで有名になった秋田市川反の料亭「濱の家(はまのや)」の主人宮腰了三郎氏が”秋田名物きりたんぽ”を秋田放送局から全国へ紹介しました。 

 この中で宮越氏は、「きりたんぽの元祖発祥の地は陸中国鹿角郡花輪町」と語りました。このことは昭和10年1月1日付けの「鹿角時報」でも報道されているのです。

 記事には[去る10月25日(昭和9年)秋田放送局から秋田市川反「濱の屋」の主人宮腰了三郎さんによって”名物きりたんぽ”の放送があったが、よく調べたもので、「その元祖発祥の地は陸中国鹿角郡花輪町」とし、「由来、秋田にも能代にも大館にもきりたんぽはなく、ダマコ餅(注:お手玉の形から)だった](郷土歴史研究家佐藤政治著の書籍から)・・・ とあるんですね。

  この宮腰氏は昭和9年に、川村 薫氏の紹介で花輪の一二三(ひふみ)軒で作り方を伝授されたとも云う。ちなみに昭和9年は国鉄花輪線が全線開通した年で大祝賀会があった年でした。 

 また昭和34年の年末にNHKテレビ秋田局が開局しましたが、大館市で録画された宮田輝司会の「NHKのど自慢」で「きりたんぽ」が全国に紹介されました。

 このとき実演のため出演したのが鹿角の人たちだったのです。

 大館には実演できる方がいなかったか、或いは、発祥の地が鹿角であったからなのかは、定かではありませんが、いずれ鹿角の人たちが主催者の依頼を受けて出演し、「きりたんぽ」を全国にご紹介したのです。



なお、きりたんぽに関する歴史記事や、郷土史研究家関久氏(故人)のキリタンポ論については、(有)ベジ&フルあきたのホームページ上で詳細に紹介しておりますので、こちらをご参考ください。(社長の青澤久夫氏は、「発祥の地 鹿角きりたんぽ協議会」副会長 及び「かづのきりたんぽ倶楽部」理事長として活躍されております。)